2.プーちゃんの思い出

集団ストーカー犯罪、否もっと正確にいえば

正式名称をコインテルプロと
いう組織的かつ長期的な

権力犯罪の被害にあっていると
普通の人が

あまり経験しないような不幸が

何年にもわたって襲ってきて、

そのうち
それが日常茶飯事となります。

思えばそれは大学受験の大事なときだろうが、

人生の大切な人と別れたり
死別したときだろうがなんだろうが、

おかまいなしでした。


人との出会いにおいてもまた同様で、

ごく平凡な生活を送っている人

なら関わるのはちょっとご遠慮願いたいと

思うだろうような人にも
たくさん出会ってきました。

例えば父親が不審な死を遂げショックに打ちひしがれているときも、

むしろそういう落ち込みやすいときこそを狙って付け込み、

弱った人間を食い物にするような連中が寄ってきました。


他にはヤクザとかその周辺の人たちとかですね、

まあ達観してしまえばそれもまた奇妙な縁とも

いえなくはありませんが。

 

   私自身が、十代の頃からコインテルプロ犯罪によって平和な家庭環境を破壊され続けてきましたから、ヤクザの世界に入るような人たちの中にも、もし家庭環境に恵まれてさえいたら、別の道を選んでいただろう人もいることをよく知ってます。だから、ヤクザと言うだけで即、嫌悪する気にはなりません。むしろ、特に親子の絆など人格形成に重要な人間関係を集中的に破壊され続けながらも、さして人の道を大きく外れることも無くここまできた私などのほうが、よっぽど稀で不思議に思えるときさえあります。

 

    下関でコインテルプロ被害に遭っているとき、その成り行きの結果知りあった女の子もまた、不遇な生い立ちの子でした。彼女は捨て子だったそうで、その後は、まったくの他人ながら人のいい夫婦に育ててもらったものの、まだ十代の頃つきあったヤクザとの間に子どもができ、一人で産んで育てていました。私と出会ったのは彼女が20代の半ばくらいのときでしたが熊のプーさんのキャラクターが好きで、携帯にもバッグにもよくプーさんを身につけていたので仮に「プーちゃん」とでもしましょう。

 

  プーちゃんは、とても頭の回転が速くて快活で、物怖じしない子でした。なぜか私とも気が合い、一緒にカラオケしたり、彼女が免許停止を喰らって、小郡の免許センターまで講習を受けに行った帰り、車で一時間かかるのですが迎えに行ってあげると、お礼に食事をご馳走してくれたりもしました。

 

 その、長府のファミレスで一緒に夕食を食べているときでした。彼女は精神科にかかっていたのですが、理由は薬物使用や度重なる重大な道交法違反などだそうで、本人の意思でというよりは行政により受診させられているという感じでした。私は彼女とはなんら利害関係のないただのオッサンですし、彼女も気さくな子ですから、彼女が日ごろ他にどんな悪さをしてるかとか、ほとんどなんでも私に話してくれました。

 

 診察を受ける病院と医者が変わると、彼女に付けられる病名までが人格障害だの統合失調症だの全然ちがうものにコロコロと変わっていくことやら、それでも飲まされる薬はたいして変らず量ばかりバカみたいに多いことやら、いったい何が真実で何のための「治療」なのやら、といった疑問もまた、自分で自分を茶化しながら話してくれました。誰でもあることですが、たまたまテーブルの上のドリンクのグラスに不注意から手が当ってこぼしそうになったときも「やっぱアタシ、トーゴーシッチョーショーなんやろか、あはは」などと自嘲ぎみに吹き出しながら・・。そんな病名など、どうせいい加減なもんだからと笑い飛ばしているようでいながら、でもその目は心から笑ってはいなかったように思います。

 

 精神科医という職業についている方達がどれほど気付いているかは知りませんが、何の学もなく何度も警察のやっかいになっているプーちゃんのような女の子でも、近代国家が弾圧・粛清も含めた「統治手段」のひとつとして作り出した精神科医療の胡散臭さには、しっかり感づいているんですね。ただそれを説明するボキャブラリを持ち合わせていないのと、もう一つは私のようなただのオッサンの前では警戒する必要もないですから隠すことなく心の内を見せてくれますが、病院の“先生”の前では彼女なりに“遠慮”をしてるだけで。

 

しかし、それでも彼女と会話していると、プー子ちゃんがまだ心のどこかで精神医療というものに、救いを期待していることも読み取れました。彼女は、私も知っているS先生という精神科医だけは個人的に気に入っていたようで、このS医師に掛っている、あるほかの深刻な患者のことに話題が及ぶと「S先生なら絶対、治してくれるやろう」と人対人として信頼していた様子でした。

 

 ところがです。プーちゃんとの会話が弾んでいたのですが、不意に成り行きから私が集団ストーカー犯罪について触れなければならぬことになり、こちらが「聞いた事ないし知らないと思うけど、集団でストーカーやるような人たちがいるんだよ・・・」と、説明を切り出したその瞬間、プーちゃんの顔がさっと曇り、ちょっとの間でしたが黙ってしまいました。私は、すぐに、ああ彼女は知っているんだなと悟りました。おおよその悪事は経験していそうなプーちゃん、そして元来、頭の回転の速い彼女のことですから、精神科医たちが、その犯罪被害者の訴えを「ただの被害妄想」に貶めて精神病にでっちあげる片棒かつぎをしていることまで理解が瞬時に及んだのでしょう。

 

  世間からすれば札付きのワルで、好きで悪いことしてる救いようがないかのように見える彼女でも、やはりみんな同じ人間ですから、悪いことばっかりやっていても結局、いずれその報いはきっちり自分に返ってくる。だから苦しい。どうにかしたい、何かに、誰かに救いを求めたいと思っている。そんなプーちゃんなりに信頼できそうな精神科の先生もいるにはいる。でも人格障害などの「治療」にあたっているその同じ先生が、何の罪も無いのに凡人の想像を絶する陰険で卑劣な集団犯罪の被害を何年も受け続けている者をただの「精神病」に仕立て上げる仕事をシレっとしながら何食わぬ顔でやっている。この二つの矛盾しきった現実がプーちゃんの頭の中でつながったのだろうその瞬間、彼女にしては珍しく、ほんの一瞬だけとても暗い目を見せたのを、私は見逃すことができませんでした。でも、すぐに気を取り直して、また他愛の無い話しに話題を切り替え、気分を変えてくれたのはプーちゃんのほうだったように思います。

 

もうしばらく彼女には会ってません。でもプーちゃんのことだから、きっとどこかで元気にたくましくやっているだろう。そんな彼女のことを思い出すだけで、こちらも元気をもらえるような気がします。この世の中、いったいどっちが悪人で、いったいどっちが理不尽な謂れの無い苦しみを背負わされた人間の本当の精神的な助けになっているのでしょうか? そして精神医療に携わる人たち、もう白々しい見て見ぬフリは止め、いますぐしなければならないことは何なのか、これを読まれたみなさんとともに一緒に考えてみる機会にしてもらえれば光栄です。

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yenu

Author:yenu
The Writer of 『拝啓 ギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) and <集団ストーカーの死> The Death of Gangstalker; also Co-Editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」 Unprecedented Human Rights Violation

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