【人間が持つべき最も大切なもの】

私が小学校に上がる直前の四月、母は腹部に激しい痛みを訴え入院しました。
小学校の入学式にはその日だけ病院を抜けて出席してくれましたが、
またすぐに入院して開腹、末期の胃癌と判明しました。
  本人や子供の私たちには知らされませんでしたが、そのとき既に手の
施しようがなく余命一ヶ月もないかもしれないと医者は父に告げていたそうです。
母はあまりの痛みに耐えかね、ときどきベッドから転げ落ちるほど苦しんだりも
しましたが、それから数ヶ月生き延び、夏を越しました。

長い夏休みが終わり2学期が始まったばかりの残暑厳しい9月5日、
同じ小学校の六年生だった姉が先生に付き添われ当時一年生だった
私の教室の前に現れ、二人で急いで母の入院する病院へ向かうよう指示されました。
 学校の正門には既にタクシーが待っていて高速道路を飛ばし病院へ向かいました。
運転手のおじさんが
「高速代は要らないから早くお母さんのところへ行って上げなさい」
と言ってくれたことを記憶しています。

  病室に入ると集まった人たちが必死に母に呼びかけていましたが
既に意識が遠くなった母はただただ苦しそうに息をしていました。
父はベッドの傍で腕を組みジッと悲しみに耐えていました。
父の目に涙が浮かんでいるのを見たのは私の人生でそのときが最初で最後でした。
  後日、父がよく話していたのは、母は言葉が出せる最後の瞬間まで
「死にたくない。子供のことが心配でならない。まだ面倒を見たい」
とひたすら私たち子供を心配していたということでした。

  葬儀も終わり菩提寺の住職さんがお経をあげ終わった後、やさしく微笑みながら
「お母さんは、いつもボクの心の中に生きておられるよ」と、
だから寂しく思う必要はないよと、語りかけられました。  

 それから数十年、何度となく訪れた逆境で自分を救ってくれたのも
この二つの言葉だったように思います。死にたいほど辛いときでも、
「生きたくても生きられなかった」母に申し訳ないことにならないよう生きようと、
その言葉がいつも自戒と励ましになってきたように思います。
  
すべての生命にとって克服するのが最も難しいのは死であり、
今までいた世界に別れを告げる悲しさであるでしょう。
 死を迎えたそのときになっても自分の苦しみよりも私たち兄弟のことを
心配してくれた母のその想いが何十年もそして今も私の心を支えてくれました。

 まさに今この瞬間にも
「自分さえよければ人が苦しもうが死のうがどうでもいい」という
動物のような者たちが集団で跋扈し他人が幸福になる権利を蹂躙し
狂乱の世界を繰り広げています。
この欲深くて卑しい者の狂気の沙汰に触れた人間のほとんどは、
共に狂いその犯罪を手助けするか、そうでなければ恐れおののき為すすべもなく
ただ傍観するのみです。

 しかしそんな狂乱のさなかにも、正気を保ち、理不尽な危害を看過せず
他人の苦しみを思いやる心を忘れていない人たちもおり、その一人と最近知己を得ることができました。
そしてわかったことは、この理不尽さに耐えている人々の苦しみを減らすには、
おおよそテレビに出てくるような富や権力や名声に執着するものたちは
利私欲のためにどんな汚い嘘でも平気でついて逃げるだけで
責任のがれに汲々とし、何の役にもたたないということ。
反対にありふれた生活を送りながら、大犯罪に臆しない勇気と正気を保った
普通の人たちの思いやりの心こそが、かろうじて我々人間を
人間たらしめていることでした。


「音声送信」で、12年以上毎日セクハラされ続け普通の人が普通に楽しめるはずの人生を奪われた、ある被害者に接した女性の方はメールでこんなふうに書いて送ってくれました。

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「こんなことが、同じ人間が、人間に対してできるものなのか。
 その被害者の話しを聞いた後から、やるせなくて、
何をしていてもいつも泣きそうな気持ちになります。
彼女と会った次の日、女友達の恋愛相談を聞きました。
・・・自分の好きな男友達が自分のことをどう思っているのか悩んでしまう、
と言う内容のガールズトークを楽しんで聞きました。
普通の生活で女友達と話すのを楽しみながら、でも、心底では泣きそうでした。

被害者の女性も、恋愛相談をする女性も、同じ人間で同じ女性なんですよ。
同じように日本で生まれた綺麗な、人間の、女性なんですよ。
被害者の女性だって、そう言う普通の恋愛の悩みだとか、仕事の事とか、
そんな事だけを悩んでいられる人生だったら……
加害者がその兵器を悪用しなければそれが可能だったんですよ。」

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  また9月5日がやってきた。この世で一緒に過ごせたのは
ほんの7年ほどで、こうしてあなたの命日を心静かに迎える年月のほうが、
その何倍もの長さになってしまい、最近はもう何回目の命日だったか数えるのも
億劫になりました。

 先月、奇しくもあなたがこの世を去った時と同じ歳になりました。
あなたが亡くなったときと同じ年齢になってわかったことは、誰もがいずれは
死を避けられないこと、そして人はどれだけ長く生きたかではなく、
どのように生きたか、どのように死んでいったかが大切なのだということです。

たった7年の短い間に、人間が持つことのできる、いや持つべき最も大切なものを
私の幼な心に刻み付けてくれた母へ今日もいつもと変わらぬ感謝を捧げます。 

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yenu

Author:yenu
The Writer of 『拝啓 ギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) and <集団ストーカーの死> The Death of Gangstalker; also Co-Editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」 Unprecedented Human Rights Violation

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