シナ人とアメリカ人の心理的考察【ストーカー側の罪悪意識を被害者に転嫁させるためのストーキング】その5

ご存知の通り、日本の年間自殺者は3万人で
あの東日本大震災の犠牲者2万人を優に越えます
それがもう十数年以上続いてるわけですから
この10年だけでも30万人以上が自殺。
広島・長崎の原爆で殺された人の数に匹敵します。
これはどう考えても正常な国の状態ではないでしょう
 
自殺(含む企図)者の90%が生前に欝をともなっているという医学データがありますが
欝は強い「自責の念」つまり自分を不当に責める結果、起こるといわれます。
そして欝と深く関る自殺も根源的には「怒り」が己へ向かった場合に起こると伝統的仏教は教えています。集団ストーカー犯罪の目的として、心理学・精神医学用語でいう「実験神経症」に陥らせ(俗にいう“キレさせ”)被害者に破滅的な犯罪を起こさせることが知られていますが、他には「学習性無力感」に陥らせて欝にし、自殺させることも目的のひとつであることが各種の関連文献で明らかにされています。(脚注0)

もう少し説明を加えると、集団ストーカー犯罪者によって、耐え難く、且つ対処が非常に困難な危害を執拗に、長期にわたって受けた結果、やり場の無い怒りが外に向かったのが(大手マスコミが決して真の原因を報道しないため一見、不可解にみえる)「通り魔」や「親族殺人」などであり、いっぽう内に向かった場合が自殺といえるでしょう。
 
怒りが自己に向く要因はさまざま考えられます。問題の元凶である集団ストーカー犯罪者を責める勇気がない、というのが代表的な例でしょう。これほど卑劣な犯罪を吹き込んだのがご主人様である「アメリカ人さま」で、主導しているのが「正義の見方」警察を筆頭とする権力犯罪者たちだとは、どうしても信じたくないなんて事情も中にはあるかもしれません。

例えば集団ストーカー/ハイテク凶器犯罪の元凶は、どう見てもこれを考案し広めたアメリカ人こそが悪いのに(脚注1)、「アメリカ人さまを怒らせるのは得策ではない」などという奴隷根性的な日本人が、まさに支配の道具としての集団ストーカー犯罪で利益を得ている役人や警察の情報操作に乗せられ、敢えて真実を見ることから逃げ、責任ある諸団体の職員も皆、被害者救済の職務を放棄している理由も、この勇気のなさに起因していると見られます。
白人に卑屈になる傾向は在米アジア人全般にも当てはまります。特にシナ系などに顕著で、白人や自国の権力者がどんなに非道なことをやっても、ただ愛想笑いを浮かべ媚び諂い、シッポ振って服従するが、自分らシナ人より劣った民族と見下している日本人などに対しては喜んで集団ストーキング犯罪をやり屈折した優越感を満たしているものが、たいへん目に付きます。

もっともこのシナ人の場合は怒りが内ではなく外へ向かった例です。しかも己が劣等コンプレックスを抱く白人に対しては怖くて攻撃できないので、代りに日本人に対して「大戦中に受けた侵略被害の復讐だ」などの言いがかりをつけ、自らの集団ストーキング犯罪をお手軽に自己正当化して八つ当たりします(脚注2)。もちろん自分本人が日本軍の侵略被害を受けたわけでもなく、しかも大戦中はまだ生まれてもいなかった現代日本人に集団で変態的犯罪の危害を加えるのはテロであり、仮にもしそれが正当な行いと思うなら隠すことはないはずなのに「すべて偶然」などと噓を吐いて否定する。そんな支離滅裂な彼らのオツムこそ「通り魔」犯罪者の発想と同じといえます。(脚注3)

なお、これと似たような光景を中国大陸を旅行された方は嫌というほど目にされたことと思います。ちなみに、まさしくこのシナ人が白人に対して卑屈になる傾向を利用し、以前は100%チャイニーズ系のスーパーでも警備員には好んで白人が雇われ、また現在でもシナ人グループに集団ストーキング犯罪を教唆するのは白人の腐敗警官(COINTELPRO警官)がほとんどのようです。

なお賢明な方はもうお気づきでしょうが、ここでもDivide & Conquer(仲違いさせて漁夫の利を獲れ)というCOINTELPROの基本戦略が使われており、アジア人相互間に憎しみを焚きつけ、潰し合わせることで怒りや不満の矛先が白人に向かわないようにする策略が見え隠れしています。もっともそこまで冷静に俯瞰できる洞察力を持ったシナ人はほとんどいないのは残念なことですが。
 
少し脱線しましたが話しを戻しましょう。戦後、GHQの有名なWar Guilt Information Programと呼ばれる洗脳政策に代表されるように、「自虐的に自分を責める」思考パターンをもつように洗脳されている日本人が多いのは事実です。この自虐的態度が欝を呼び、欝が自殺を呼ぶのもまた事実です。その結果、1年間の自殺者が、大震災と大津波の犠牲者より多いのですから、その「解毒」が必要なのは明白です。
 
  なにも集団ストーカー犯罪者達のように、己の人格の低さ、人間の小ささ、邪悪さはすべて棚にあげ、どうにかして被害者の揚げ足とってやろうと24時間プライバシー窃盗しながらアラ探しばかりしてるような変態になれと言っているのではありません。むしろ「こんな集団ストーカー犯罪者たちみたいに人間の皮を被った亡者になったらお終いだな」と肝に銘じ、「他人の振り見て我が振り直せ」を実践すればいいのではないでしょうか。

  伝説の鬼和尚さんのブログにもダンマパッダ第50段 「他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったこととだけを見よ」についての解説で、次のように説明しています。
「他人が本当に間違っている時もあるじゃろう
 そのような時も、まずそれが現在の状況で正すべきか、自分にそれを正す資格と、能力があるか、問う事が大事じゃ、と言えるじゃろう」。

以上を踏まえて以下のレポートをお読みいただけると幸いです。
 
 
・2011年7月20日 午後9時すぎ頃

 Temple Cityの近所のお寺の、朝の読経会へ参加した際、置いてきたままにしたカバンを夜、取りに自転車でお寺へ向かおうとした。朝行くとき暗かったので取り付け式ライトを使用したのだが、そのライトもカバンのなかに入れて置いてきてしまったのに気付いた。夜間の自転車の運転にはライトが必儒だが、仕方なく(家にあった)後方用のライトだけ取り付けて運転することにした。

   このように何か「しまった」と思うことがあった場合、24時間交替しながら被害者の脳内の生体活動等までノゾキ見ているアメリカの集団ストーカー犯罪者たちは、自分らが犯罪をやる絶好の機会到来とばかりに、十中八九、嫌がらせをしてくる。
ある程度は予測していたが案の定、家を出て5分するかしないかのうちに「ストリートシアター」をやるためのストーカー犯罪者が現れた。

  前方100メートルくらいの位置から、同じく自転車でこちらに向かって、どちらかというとフラフラと、こぎながら近づいてきたその男は、こちらの姿を捉えるとハンドルを構えなおした。「オイヒヒ、待ってました!」とでも言いたげな変態特有の雰囲気を醸しながら、アメリカの道路は住宅街の中道でもやたら広いのに、こちらが走っている進行路に入りこんできたかと思うと、私に向かって一直線に自転車を加速させ突っ込んできた。

   こうやって「ヒヤリ」とさせる危害手口そのものは、私が車を運転しているときも、また徒歩で町を歩いているときも、2,3週間に一度はやられる嫌がらせなので「またか」と思って、こちらはスピードを落として、このストーカー男をやり過ごすことにした。案の定、衝突しそうなギリギリの距離まで突っ込んできたところで、身をかわし逃げていく。集団ストーキング犯罪のマニュアルどおりの変態行為にすぎなかった。

  しかし、この男は一般的な集団ストーカー犯罪者と比べてもかなり精神を病んでいるようで、すれ違いざま、まるで5歳児みたいな下手くそな芝居をやってきた。こちらが通るのをわざわざ待伏せていたくせに、まるで「前方のライトがないから、ぶつかりそうになるまで近づいているのがわからなかった」かのように「ワッ」と驚いたフリし、すれ違いざま背中ごしに「“フロント”のライトをつけろ、この野郎!」と叫んできた。あとはアメリカ人が大好きな、汚く下品な罵り言葉をいくつも私に浴びせてきた。

  当然のことだが、アメリカの広い道路ですれ違いざま、こちらが“後方”のライトは点けているが、“前方”のライトは点けていないなどと、普通そんな咄嗟に気付けるはずもない。なのに「ライト点けろ」ではなく「フロントのライト点けろ!」と怒鳴ってきたのだった。

  私が家を出るときから、何か揚げ足をとれる材料はないかと、私の行動をアタマノ中まで、ずっとノゾキ見していたのは言うまでもないだろう。ちなみに家を出る際、「前方用ライトがないなあ。点けてないと、たぶん何か嫌がらせされるだろう」と思ったこと自体は、誰か人に喋ったわけではなく、私が自分の心の中で思ったにすぎない。この状況証拠から、集団ストーキング犯罪には、遠隔から脳波を拾いコンピューターでひとの思考を読み取る機器が悪用されていることも同時に裏付けられる。

  ところでこの自転車ストーカー男はとにかく必死に私に、かまってもらいたかったようで、そんなところが、かなり精神を病んでいる風だった。あるいは別の言い方をすれば、たかが「自転車の前方ライトを点けてない」ことを注意するためだけに、集団でストーキングする馬鹿はいないわけで、つまり被害者の落ち度となりそうなアラを探し、攻撃することによって、自分らが24時間365日の他人のプライバシーを窃盗、ストーキングし、さらにエレクトロニック・ハラスメントと呼ばれるハイテク凶器による遠隔からの拷問犯罪をやっていることを「社会正義のため」と妄想したいだけだ。要は「対テロ・防犯」などを偽る集団ストーカーに、他人のプライバシーを窃盗する「正統な権利」があるのだという彼らの集団妄想を、力ずくで被害者に押し付けたいのである。
  
   また、現場には既にこの「ストリートシアター」を見物するために、まだ20代くらいに見える若い他の集団ストーカー犯罪者たちも何台か車で集まってきて待ち伏せていた。私が通り過ぎようとすると(これまた犯罪マニュアルにそうあるのだろう)申し合わせたように、こちらが通り過ぎるタイミングに合わせて急に車を走り出させるというお決まりの変態的行為でストーキングしていることをアピールしてきた。彼らもまた、こうした変態的な犯罪が変態犯罪だと自覚もできず、やめることもできず、まるでそんな自分らの「心の病」を私に訴えにきたかのようでもあった。

   しかし私はもちろん、この通りすがりの、「ストーキング犯罪は正義」だという集団妄想に駆られたアメリカ人集団ストーカーらの不満のはけ口になってやるためだとか、彼らの倒錯した精神についてボランティアで相談にのってやるために道を歩いているわけではない。しかるべき専門家のところへ、ちゃんとお金を払って診てもらいに行ってほしいものだ、といつも思う。心の病を持った人が、診断者に自分がどんな問題を抱えているかをアピールするとき、その中心となる症状のことを、精神科の臨床用語で「患者の主訴」というが、集団ストーカー犯罪をやらないと生きられない体になってしまった彼らの、私へのストーキング行為はほとんど「無言の主訴」のレベルに近いといえる。

ところで、集団ストーカーの末端実行犯らは、窃盗されたプライバシー情報を常にノゾキ見ることでその相手より「上」にたったかのような妄想を抱き、屈折した優越感を満たしている。しかし窃盗したプライバシーを利用している己の後ろめたさを誤魔化したいので、被害者のアラを探し、罪悪感を押し付け、自分の妄想の中で相手を悪者にでっちあげなければならない。(脚注4)そんな集団ストーカー実行犯らの心理過程は、主犯格の教唆犯たちの真の犯罪目的「被害者を自殺させるために罪悪感を抱かせる」とも見事に合致している。


●2012年1月の日記から

米国内のシナ系住民には、本国シナ政府が刷り込む著しく偏った人種偏見(特に日本人に対して)を集団ストーキング犯罪を行なう動機にしている者も多々見られる。以前住んでいた所の隣の家のシナ系集団ストーカーは自らの犯罪を追及されると「日本人は中国人を殺した」と支離滅裂な言い訳をし、またフィットネスジムで、私とタイミングを合わせスパに現れ、ジーとこちらを見つめて集団ストーキングしていることをアピールしてくる不動産屋のシナ人中年男性は、あるとき「日本人はシナ人をホロコーストした」という本国政府の垂れ流しているデマを興奮気味に訴えた。

  この男は、集団ストーカー犯罪をやる人間すべてに共通することではあるが、1人では度胸がないのか他の仲間とつるんで待ち構え、私に「正しい歴史を教えてやる」というふうな偉そうな態度で、一方的に自分ら大陸シナ人が洗脳されたとおりの歪曲された歴史「妄想」を押し付けてきた。こちらはそれに対して歴史的「事実」とされているものを提示してあげ、もし彼らの歴史認識のほうがが正しいと主張したいなら、多少は客観的であろう第三者的な欧州の学者の文献を調べ、持ってきてくれるよう求めた。男は口では「OK」と応えたが、その後、今に至るまで実行することはなく、二度と歴史の話もしなくなった。

  ただし、この男は、どちらかというと、むしろ真面目そうなタイプで、かえってそれ故に“悪人”である(と思い込まされている)私という人物に対して、一言いってやらねばならないという彼なりの“正義心”から、この一件に至ったように見受けられた。
この意味では、一流大卒の弁護士や医者だったオウム教幹部が、やはり自分の信じる“正義”や名誉心のために、人の道から外れたことをしでかしたのと一脈通じる。

  兎に角、中国という超長期にわたる共産党独裁のファシズム体制にある本国より、多少は学問、思想、良心の自由があるアメリカにおいても、彼らは学問的に真実を調べ、自らの偏見・差別意識を是正しようとする努力も勇気もなく、ただ嬉嬉として人種差別を動機に集団ストーキングを行い、不満の捌け口にしている実態を曝け出しててくれる一見だった。
 
実際、その後2012年春学期に大学で中国現代史の授業を取った際、大陸シナ出身の担当教授が、現在も中国現代史を研究するのは「たいへん危険」なことでほとんどの学者は避けてとおることを講義の冒頭で告白し、中国政府は、歴史教育に関しても言論弾圧及び洗脳を行使していることを示唆した。(脚注5)


また"The Hidden Evil"の著者がギャング(集団)ストーカーの「広義の定義」として”This hate crime appears to be a combination of early mind-control & harassment programs such as Cointelpro & MKULTRA as well as Gang Stalking tactics used by the KKK.”と説明しているとおり、北米に於けるギャングストーカーの「末端」実行犯は、人種差別を主な動機とし、同犯罪が人種差別犯罪(Hate Crimeの側面を帯びている事を指摘している。

・2012年6月19日午前9時10分

今日、シナ語を習いに中華系の寺に行くと、その寺で度々ギャング・ストーキングしてくるシナ人中年女が逆ギレ。私に向かって「お前が嫌いなんだよ」と繰り返し、「日本人がシナ語を習う必要はない」という意味の発言をして、上記の定義を裏付けてくれた。私はこの中年女とは元々何のかかわりも無かったのに、この女のほうから一方的にストーキングしてくるようになった。やはり集団ストーカーは不特定多数が、集団的な憎悪心を動機に、個人的には関係ない他人を付け狙う「逆通り魔」犯罪であることが分かる。

またシナ人がアジア系の集団ストーカー犯罪者団体の主流を占めている理由として考えられる要因には、 

・シナ人は絶対数が多いこともあるが、元々中華思想と呼ばれる人種差別心(一種のEthnocentrism)が強く、他民族を馬鹿にし(ただし白人を除く)、自分らシナ民族に対し過剰なまでに尊敬を求め、優位性を誇示したがる者が多いこと。 (脚注の後の付録参照)

・さらに民衆が支配者に歯向かわないようにする政策として、中国政府は、用意されたスケープゴート(特に日本人)に対し嫉妬心や憎悪心を掻き立て、欲求不満の捌け口にさせていること。

・即ち八つ当たりの対象として集団ストーカー被害者を利用していること。
・また、支配者に都合のいいように民衆を行動させる洗脳を行なううえで、政府が強烈な言論統制を行い、歪曲した思想を民衆に植え付けていること、

・及び民衆は長きにわたってこのような体制に順応してしまっており、自らの妄想を修正する意志と能力が乏しいことなどが挙げられる。

なおこれらの特徴は、実はアメリカ人一般にもあてはまることであり(脚注5)、これは中国人とアメリカ人が共に、非常に「尊大で自己中心的」そして「偽善者ではた迷惑」な人々である印象を世界中に与えている事態とも符合する。

(後記)
最後に、このような民族考察を書くことが、負の「自己達成予言」効果を引き出す結果になってしまっては、集団ストーカー犯罪の教唆犯である権力犯罪者の思う壺であるので、お断りしておきたいが、これらは飽くまでも「傾向」であり、上記分類に当てはまらないシナ人、アメリカ人も大勢いることは言うまでもありません。
そして、よくよく冷静に観察してみれば日本人の中にも、このレポートのような醜い人間はいるのだとも分かるでしょう。
こうして「人種偏見」がいかに権力犯罪者らが我々をいがみ合わせ、支配しやすくするため、人工的に作られたものであるかが見えてくれば、「変毒為薬」の実践にもなることと思います。

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(脚注0)集団ストーカー犯罪に利用された心理学の理論
Mayer,"The Experiment -- The Military Methods Misused At Guantanamo?"(米軍の拷問実験)
http://gangstalking-crime-databease.blogspot.com/2012/01/mayerthe-experiment-military-methods.html

(脚注1)[各国の秘密警察は米政府からその手口の指導や資金援助を受けている]
Most people in the United States rightly condemn the secret police
(often trained and financed by our government) who terrorize dissident
movements in many other countries.
Glick, Brian. War at Home: Covert Action against U.S. Activists and What We Can Do About It. Boston, MA: South End Press, 1989

(脚注2)【扇動された恐怖心の利用】
The Effect of Arousing Fear 
Vivid propaganda often exploits fears. When feeling frightened or threatened, people tend to become more responsive to a controversial, charismatic leader. The Nazi newspaper Der Sturmer aroused fear with hundreds of unsubstantiated anecdotes about Jews who were said to have ground rats to make hash, seduced non-Jewish women, and cheated families out of their savings. Streicher’s appeals, like most Nazi propaganda, were emotional, not logical.

Myers, David G. Social Psychology. 10th ed. New York: McGraw-Hill, 2010.

(脚注3)Displacement:(「八つ当たり」の用語定義)
The redirection of aggression to a target other than the source of the frustration. Generally, the new target is a safer or more socially acceptable target.
(p.360)

【欲求不満から起こる攻撃心】
Aggression as a Response To Frustration
Displacement occurs in an old anecdote about a man who, humiliated by his boss, betrates his wife, who yells at their son, who kicks the dog, which bites the mail carrier (who goes home and betrates his wife…). When a person is harboring anger from a prior provocation, even a trivial offense—one that would normally produce no response—may elicit an explosive overreaction (as you may realize if you have ever yelled at your roommate after losing money in a malfunctioning vending machine) (360).

【スケープゴート理論】
Frustration and Aggression: The Scapegoat Theory
Targets for displaced aggression vary. Following their defeat in World War I…many Germans saw Jews as villains. Long before Hitler came to power, one German leader explained: “The Jew is just convenient…If there were no Jews, the anti-Semites would have to invent them.” In earlier centries people vented their fear and hostility on witches, whom they sometimes burned or drowned in public. In our time, it was those Americans who felt more anger than fear after the 9/11 attack who expressed greater intolerance toward immigrants and Middle Easterners. Passions provoke prejudice (325).
Myers, David G. Social Psychology.

(脚注4)
Dh244-5.

恥じらいがなく、烏のように 厚顔にして、無遠慮に 踏み込んでくる、傲慢な 汚れた者の生活は易い

しかし恥あり、また清浄を つねに求めて、執着もなく 傲慢もなく、生活清き 知見の者の生活は難い

(片山一良訳)。

(脚注5)
言論統制と洗脳について:

思考や感情、行動をコントロールしてしまう隠された“武器”とはいったい何なのだろうか。それは情報である。・・仕掛け人によってつくられた情報を植え付けることによって、思考を統制し、感情や行動までも方向転換させるのである。“心理の操作”は極端に一方的な“情報の操作”と言える。仕掛け人は、すべての情報をコントロールし、自分たちに都合のいい情報だけを、さもすべての情報のように提示していく。仕掛け人にとって、不都合な情報は、「間違った情報」としてシャットアウトしてしまうのだ。(p.25) 『洗脳の心理学』 高橋伸吾

(脚注5)
アメリカ政府の言論統制:政府による情報操作の一例

[Youtube:
【重要】インターネット情報操作 ネット荒らしに注意 コインテルプロ]

http://www.youtube.com/watch?v=jyWdMjHWx7I


付録:「中華思想」について

「根拠のない自信」の典型のような中華思想に自惚れているシナ人に関し、戦前のジャーナリストが鋭い分析を残している。この書籍が出版されたのが、なんと昭和13年だが、しかしその指摘は21世紀に入った今日でも、アメリカに住むシナ人にそのまま当てはまることに驚かされる。

中華思想という妄想のために、アメリカにまで来て、1人を相手に何十人、何百人もが集団で毎日毎日、例えば私のようなただの日本人のオッサンのプライバシーを窃盗しながら、ストーカー犯罪や拷問、sの他の嫌がらせで生活や人格を破壊し、自殺強要や事故、病気にみせかけた殺害による手段での人殺しを娯楽のように楽しむという変態行為にあけくれている。

このようなコインテルプロ犯罪に協力するシナ人大衆を眺めつつ、同書を読むと、つくづく人格の向上、進歩、発展のない人たちであるのがわかり、他山の石とするうえでも、とても興味深いので少々長くなるがここに引用したい。尚、この本が出版された当時は日支間が正真正銘の紛争の真っ只中だという時代背景や、ここでも紛争を煽る事で漁夫の利を得るDivide & Conquerの存在に注意を払い、罠にかからないよう冷静な視点を忘れないようにしたい。


杉山 平
助『支那と支那人と日本』改造社 1938
(注:旧漢字はタイピングの都合上、常用漢字に改めさせていただきました)

 

これまでの日本の一般民衆のやうに、支那人を頭ごなしにチヤンコロと軽蔑してゐたのも間ちがつてゐる。しかし日本の知識階級は(その中には私自身も含めて)これまで、いさゝか支那人を買ひ被りすぎてゐたことも、ソロヽ気がつかなければなるまい。(p.24)

有史以来、国を失ふこと両三度、そのたびに体面も誇りも、泥にまみれ、散々に汚され、踏みにぢられた苦々しい記憶を、いつぱい背負ひこんでゐるところの子孫なのである。・・かくて、彼等は、性格のどこかに・・ネヂケて、ヒガンで、陰性で、被虐的で、二筋縄や三筋縄ではいかない厄介なシロモノになつてしまつたのだ・・我々の畏敬する古代支那人と、今の支那人は似ても似つかないものなのである。(p.27)

(支那人の)自尊心の強烈なることは、実に驚歎するよりほ外はない・・彼等は、あれだけ(日本軍に)散々に叩きのめされた今日でも、心の奥底では頑として、自分たちは日本などより比較にならん優秀なものだと、心得切つてゐるのである。そして・・その表面的恭順さにもかゝはらず、内心では日本人を軽蔑し切つてゐるのだ。

もちろん、この自惚れの由来するところは、遠くて且つ久しい。自ら中華と号して、外国をすべて狄と見る伝統が、驚くべき隅々にまで行きわたつてゐる。そして、それに何等の客観的根拠もないことは、すこしも彼等には苦にはならないらしい。(p.28) 陰謀術策及び宣伝の天才としての支那人については、よく知れ渡つてゐる。正直で、気短かで、思つてゐることを直ぐ顔に出してしまふやうな陽性な日本人が、無限に気が長くて、口で云ふことゝ腹の中とはいつも違つてゐる、陰性な支那人に対し、陰謀なんかで争つて勝てるわけはないのである・・彼等が自ら賢しとして己惚れてゐる優越感は、多少その辺からも来てゐるのである。
しかし陰謀はつひに陰謀だ。頽廃した知的遊戯にすぎない。いつたい陰謀術数なんぞの巧妙な人間に、本当の意味で頭脳のいゝものがあるわけがない。

   彼等は何を見ても、これを遊戯化し、最も低い意味において功利化してしまふ。おそらく支那人には、日本人のいふ気合ひといふものが、絶対にわからないにちがひない。彼等は古来の各種の武術さへ、軽業のやうに遊戯化して、真剣といふ意識を完全に喪失してしまつてゐる。(p.31-32)
   
   支那人は、口を開けば、日本には固有の文化がなく、すべては模倣だと云つて軽蔑し、自分たちの祖先伝来の文化を鼻にかけるのが常だ。しかし、彼らの御自慢の文化なるものは、すでに何千年も前の人の残した糟粕にすぎない。それは現代の彼等とは、何等かゝはりもなく、彼等自身は、何一つ誇るべきものを生み出してゐないといふことを、反省し得ないのだ。いつたい支那人は・・文において劣るのを、甚しい恥辱とする。(p.32)

陰性な性格の頑強さでは、支那人は無比の力を具へてゐる・・支那人のさうした性格の頑固さには、積極的な能動性が附随せず、従つてたいした危険もないのだから、知らん顔して放つておけばいゝのである。(p.38)

或る英国人で、祖父の時代から三代続いて支那で商売を営んでゐるものが、かく語つた。「・・支那人といふものは、他人と協同の仕事なんぞ絶対に出来る人種でないといふことを、我々は長い経験によつて、知らされ抜いてゐるから、決してそんな計画を立てたことがない。しかるに日本人は、いつまでもお人よしな夢を見つゝ゛けてゐるのであろう。」

支那人など、人間と思ふな、豚だと思へ、といへば如何にも乱暴非人道に聞えるが、英国人や米国人は、事実其通りに考へ、その通り実行してゐる。そして日本人よりはるかに多くの尊敬を支那人からあつめてゐるのだ。現在米国でキイキイ声をあげてゐる平和主義婦人の支那同情者など、夢にも支那人を豚以上に考へてゐやしない。私は、その通りにやれといふのではない。ただ、さういふ事実を認識してかゝれ、といふのである。(p.38-39)

 南京から避難民が逃げ出す時は、たいがい英国の汽船に乗つて逃げたのである。それが非常な狼狽で、もはや甲板にのり切れないほど乗つてしまつても、なほ後からつめかけて、無理に乗ろうとする。それを、英国人の船員は、殴りつけ・・多くの支那人は河の中へはまりこんで溺れて行く。これが日本の船員なら、驚いて、縄を投げたり、ブイをほうつたり大騒ぎするところであるが、英人の舟は、知らん顔をしてサッサと出してしまふ。彼等は支那人といふものを、頭から人間扱ひにしていないからである。

それでゐて、支那政府は、英国と仲が好く、日本とは、こんな戦争をおつぱじめてしまつた。(p.340-341)

 

7-4【ストーカー側の罪悪意識を被害者に転嫁】

 <その他の例> 2008年

・深夜に家に戻り、いつものように自宅前に車を止めようとすると、ちょうどいつも
停める場所に見慣れない車がエンジンをかけたまま止まっており、
手前で停車して観察していると、前後のドアを開けて男女が意味もなく乗ったり
降りたり不審な行動をとり、1分後には何食わぬ顔で走り去っていった。

どうせまた集団ストーカー犯罪のためにやって来た変質者グループだろうが、
あるいはもしかしたら家への来客かもしれないと思い、家人に確認してみるが
家に来客があった様子はなく、もし隣の家の来客の場合にしても
我が家の前にとめることはない。
他にも、自宅付近をうろつく似たような不審者は頻繁にある。

・自宅からバックで車を出して出かけるとき、「偶然」以上の頻度で、
車がやってきてこちらの進路を妨害するか、または逆に、さもこちらが相手の進路を
妨害したかのような演出をしクラクションを鳴らしてくることが頻繁にある。
これは他の嫌がらせが激しくなったときと平行する。

 他にも、荷物や人を降ろすため一時的に家の前に停車すると、
(30秒もたたないうちに)すかさず待ちぶせていたのであろうストーカーの車が
やってきて、さも私が通行妨害になっているかのごとくクラクションを
鳴らしてくることも多い。
しかしこの下関の実家は30M間隔くらいで碁盤目に道路が走っている住宅地で、
仮にある箇所の道がふさがっていても、迂回しようと思えば簡単にできるにも
かかわらずのことである。
この行為を行うのは近隣住民らしきものが多い。
現在この下関の実家には姉夫婦が家族で住んでいるが昨年(2009)帰国した際、
義兄もまったく同様の嫌がらせを受けるようになったそうで頭にくると
証言していた。

ただし、この義兄は集団ストーカー犯罪を認知しているのはもちろんのこと
加害組織とのつながりもあることも以前ほのめかしてきているが
あるとき車で自宅付近の曲がり角でワザとぶつかるすれすれに
突っ込んでくる嫌がらせがあることを私が説明すると、
そのときは
「それくらい別にたいしたことないでしょ・・・」
と、鼻で笑うかのように私を嘲っていた。
それがいざ自分が被害に遭いだすと
“もっとたいしたことない”ことにすら憤っている。
他人が受けている被害が、どれほど苦痛であるのか
実際に被害を受けるまで思い知ることは無いのが、この犯罪の特徴であり
実に多くの大衆があまり良心の呵責や抵抗感もなく犯罪に協力している
理由でもある。

  また下関の長府署でも、かつて24時間あらゆる行動をノゾキされていることを
説明する際、具体例を挙げても、対応した警察官は
「そんなもんプライバシーじゃない」
と言い放ったことがあるが、こういう者達は自分がやられて初めて
人の苦しみがわかるのだろう。

   何度、被害を説明しに行っても、そのたびに彼らはいい加減な口実を並べ、
被害届けを出させないようにされた。
あるときなどはこちらが真剣に「ちゃんと捕まえてくださいよ」と迫ると、
警察の不作為責任を誤魔化すために、いつも間に割って入ってきては、
こちらの訴えが被害妄想の類であるかのようにでっちあげようとしてくる警官が、
横目でこちらを見ながら、
「おらんもん(いない者)を、どねえやって捕まえるんか?あはは」
と開き直ってヘラヘラと笑った。
これほど卑劣なウソを平気で吐き、心底、人間をバカにした顔を
私は一生、忘れないでしょう。そして、その表情の奥に潜んだ
「人の苦しみを見て喜ぶサイコパス」の影をも。

また自宅で、それまで正常に見られたビデオテープに
何か強い磁気のようなものが照射されたらしく、
ある日突然、再生すると5秒くらいおきに虹色の光が入り
音声も乱れてまともに見られなくされていた。
その物的証拠となるビデオテープを長府署に持参したところ、
応対した警官はブルブルと頭(かぶり)を振って誤魔化し笑いしながら
絶対にそのビデオを受け取ろうとはしなかった。
さらに自宅に何者かが侵入した際も、明らかな状況証拠があり
通報したが駆けつけた長府署員はそれを事件として受理しなかった。

人が死んでいるのに何故こんなことがあっていいのだろうか?
と長年考えつめ、他のありえない理由を消去していけば、
「警察組織こそがこの犯罪の主体(またはその一部)であるから」
という答えしか残らないのは、多くの被害者がいきつく
至極まっとうな論理的帰結だろう。

つまり権力犯罪者に権力犯罪を取り締まってくれと頼むほうが
土台無理な相談
というわけだ。

  いずれにせよ警察とは犯罪の被害者の気持ちになって正義を
行使しなければならない職業であるはずなのに、
この警官は人間性が実に貧しいといえないだろうか




2009年~

・これとそっくりの嫌がらせはロサンゼルスの住居でも行なわれており
 家に帰ると、やはり不審車両が自宅のまん前、それも私が停める場所に
エンジンをかけたまま待ち伏せしていることもある。
決まってこちらが現場に到着すると
そのタイミングぴったりにあわせ、どこへともなく走り去っていく。

 ある日、このような車両を自宅前で見つけ、いつものごとく私の姿を見て
その車はたちまち走りだしたが、ためしに、自分はまるでこの家の住人ではないかのように
自宅を素通りし少しこの運転手を尾けてみた。 数百メートル離れた
交差点で信号に引っかかったので車を横付けしドライバーの顔を確認すると
チャイニーズ系らしきせいぜい20代前半の女性で、照れ隠しのつもりか、にが笑いしながら
なんと私に手を振って走り去っていった。もちろん私はこの人物とは面識もない。

7-3【ストーカー側の罪悪意識を被害者に転嫁させるためのストーキング】

2003年前後

・ある家庭教師先の生徒のマンションで、来訪者用のスペースに車を止めようとすると、
わざわざ近くで待ち伏せていた車がタイヤが鳴るほどの猛スピードで割り込んできて、
これ見よがしに先に止め駐車を妨害されることが2度あった。
このように自分が訪れる時に限って来訪者駐車スペースが空いてないことが多く、
仕方なく駐車場の外に路駐したところ
(といっても田舎町のうえ、さらに大通りから外れた中央ラインすらない
田舎道なので車の通りは少なく、しかも停めた所は路肩とフェンスの間であり、
ちょうど車一台止められるほどの空きスペースができており通行の妨げにはならなかった)。

ところがそのマンションで授業をしていると外から、断続的にクラクションを
鳴らしたり男がガラの悪い奇声を上げ、30分ないし1時間ほど騒いでいるのが聞こていた。
田舎にはまだよく生息している暴走族の類がたむろっているのだろうと
そのときは気にしなかった。

しかし次に同じ場所に車を止めた際にもやはり授業中クラクションや野蛮人さながらの怒声
が断続的に一時間近く続き、授業を終え車に戻るとニート風の男たちが4人くらい
乗った車が一台、傍で待ち伏せており、そのうちの一人が降りてきて、
「ここは止めたらいけない所だろ」
と注意がましく偉そうに言い、すぐまた車に乗り込み去っていった。

当時はこれが私を尾けてきた集団ストーカー犯罪者による嫌がらせだろうとの認識はなく、
かといってこの20代前半の無職風のイカガワシイ連中が、その空きスペースの
土地所有者や管理者であるようにはまさか見えないし、
まして町じゅうの路上駐車された車を片っ端から探しては
次々に持ち主が来るまで傍で何時間も騒いで待ち、注意しながら市内を行脚するアホウも
いないだろうし、ただこの町(下関)は変人が多いところなのだなあと思っただけだった。


 ・その他にも家庭教師の仕事のため別の生徒宅付近に初めて車を止めたところ、
陰でわざわざ待ち伏せていた、いかにも陰険な顔つきの中年女性がすかさず近づいてきて、
私の以外にも、そこらじゅう何台も車が止められている住宅地内の道路にも拘わらず、
「ここは私が止めるところよ!」
と、その道路がまるで中年女性の私物かのように主張し駐車を妨害してきたこともある。

7-2【ストーカー側の罪悪意識を被害者に転嫁させるためのストーキング】

2003年頃

・地元の下関市立大学の図書館で本を借り、貸し出し期限が過ぎた後に同図書館へ行き
1階ロビーで新聞を読んでいると、この建物は2階以上からが図書室になっている構造
で1階はただのロビーのため館員もまったくいないのだが、貸し出し受付係りが
わざわざ2階から降りてきて、まっすぐ私に近づき
「借りた本の期限がもう過ぎてますよね」
と言ってきた。

同図書館には以前、それも数ヶ月前に2~3度しか足を運んだことがなく、
本を借りたのも、たしかそのときが初めてで、いくら田舎の小規模単科大学とはいえ、
たった一度本を借りて期限が過ぎた人間の全員の顔を、館員がひとりで何ヶ月も
覚えていることはありえない。

しかもそのとき館員は他の用件で2階から降りてきて
通りすがりに偶然、私を見つけたわけでもない。まっすぐ私のほうへ歩いてきて
上記のセリフを言い終わるとまた2階へ上がっていったのだった。

7-1【ストーカー側の罪悪意識を被害者に転嫁させるためのストーキング】

・2004年~2005年

  全教研という学習塾講師をしていたときYという同僚のマンション
に訪問したあるとき、
車を止めるべき場所を尋ね、
「ここでいいですよ」と指示されて止めた場所は実は他の住居人の駐車スペースで、
そこに停め徒歩で買い物に出てしばらくして戻ると、チンピラ風の男が
電動ドリルを手に持ち私の車のタイヤに穴をあけようとしていた。
「この前もここに止めただろう」などと言いがかりをつけてきたが、
私がそこに止めたのは初めてであるし、前とはいつのことか聞くと
「先週末だ」と言う。
その頃は自分は海外旅行に行っていて日本にすらいなかったことを告げると
急に言葉を濁し、捨て台詞を吐きその男は去っていった。
(後日その場所を何度か観察していると複数の車種が代わる代わる止めてあり、
そもそも本当にこの駐車スペースが言いがかりをつけてきた男のものかも不明)

・塾が講師用に3台分だけ借り上げている駐車場で、Yと待ち合わせし、
私の車はそこに置いて別のところに出かけることになったときも、
Yがここに停めてくださいと指示した駐車スペースは実は塾のものではなく
他人のスペースで、
戻ってきてみると嫌がらせにフロントガラス一面にトリモチのような
粘着物が塗り付けられ前がまったく見えない状態にされていた。
ティシュで拭いたくらいでは全然、除去できず、水で洗い流すため
洗剤と水道の蛇口がある塾校舎まで車を移動させる数百メートルの間、
前方を見るため運転席の窓から身を乗り出し箱乗り運転しなければならなかった。

 このときYがわざと他人の駐車スペースに止めるよう仕向けたかは定かではないが、
この一件にしたって、もしその犯罪者が“字の読み書きができる”のなら
「ここに止めるな」と一言張り紙でもしておけば済むことである。

 どちらにしても一連の嫌がらせの犯行は、プライバシー窃盗やストーカー行為を行っている
者たちが自らの犯罪に対する罪悪感を被害者に転嫁させる狙いがあると思われ、
例えば「他人のスペースに車を止めたのがいけない。
だから自分ら犯罪者にも悪質な嫌がらせをする権利が発生したのだ」
と自己正当化し、まるで被害者の私に瑕疵があるかのように思わせる状況を
作り出す心理的「工夫」を常に行なっていることが観察される。

(なおストーカー組織から入手したらしい私のプライバシー情報を利用し、
 このYが多額の金を借り逃げしようとしたことについては後述の予定)
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yenu

Author:yenu
The Writer of 『拝啓 ギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) and <集団ストーカーの死> The Death of Gangstalker; also Co-Editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」 Unprecedented Human Rights Violation

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