すべての道はローマに通ずる

COINTELPROレポート ~イタリア番外編

July 17, 2012

 今回、トルコを訪れる前に、イタリアのローマにも寄りコロシアム跡を見学してきた。かつて、そこでは捕えられたキリスト教徒をトラやライオンに食い殺させる虐殺劇が「見世物」として行なわれ、ローマ市民は大いにこれを楽しんだ。しかし当時のキリスト教徒の信仰は堅く、皆、安らかな顔で死に臨んだと伝えられる。所々崩れかけたコロシアムの壁の側に立つと、当時の興奮した民衆の歓声が、ローマの夏空にコダマするかのようだった。日本ではまだ竪穴式住居に暮らし、せいぜい高床式倉庫が画期的だった当時、人類最高峰のテクノロジーの粋を結集した建造物の中で人間たちがやっていたことは、ただの変態的な殺人の見世物だった。そんなイカレたローマ市民が内部から帝国を崩壊させた歴史はあまりにも有名。

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このローマには、旅の最後の日にも、飛行機の乗り換えのため、空港に再び立ち寄った。「集団ストーカー天国アメリカ」に於ける連日の嫌がらせから約2週間ほど解放されたのも束の間、帰りのロサンゼルス行き飛行機の搭乗口では、早速、5~6名のムサ苦しい男のパープ集団が、待ってましたとばかりに、こちらが傍を通り過ぎる瞬間ピッタリに合わせ全員で突然、大声で嘲笑を浴びせてきた。典型的な集団ストーカーの嫌がらせが、また始まった。ああ、また毎日こんなイカレタ人間の相手を、無料でしてやらねばならないのかと思うと、これから再び「世界一病んだ国」に戻るんだなと実感した。

今やアメリカでは大衆が、若者を中心に、携帯やノートパソコンの画面を覗きこみ集団ストーカーの被害者の苦しみを実況中継で見て、カタルシスを満たすことを娯楽にさえしている。これにはテクノロジー開発競争を手放しで礼賛してきたことの弊害も忘れてはならない。今や特殊機器によって24時間365日、他人のプライバシーを窃盗することが可能になり、多くのアメリカ人にとって、この窃盗された他人のプライバシー情報にアクセスできることが、彼らの屈折した優越感の源になっている。まさに国全体が「巨大な精神病院」と化したアメリカ。

また最新の非公開テクノロジーを悪用した兵器で「偶然の事故や病気」に見せかけた人殺しも盛んに行なわれている実態が取り沙汰されている。斯の権力犯罪の告発を行なっている筆者も、即死に至る危害を除いては、ほぼ全ての種類の拷問的な危害を毎日、経験している。まるでコンピューターゲームで遊ぶように拷問や人殺しするのだから実行犯らの罪悪感は極めて希薄なのも容易に想像できる。さらに、そんなことはやってないと噓を吐けば責任を逃れられると思っているのも末端の集団ストーカーと同じに違いない。

アメリカで作れない物質は無い、といわれるほど、世界の最先端テクノロージーが結集するこの国だが、ハイテク凶器犯罪を告発しても、精神病者の妄想にでっちあげる仕組みができあがっている。しかし秘密兵器を半ば「公然の秘密」として何の罪も無い人々に濫用しつづけてきたことに伴う人心の荒廃は激しく、最近、社会的にも経済的にも、様々な形で、そのほころびが見え始めたようだ。だが、これまで非公開のハイテク凶器をカサに、人間をことごとく馬鹿にしてきたツケが、まわってきただけのことだ。まるで滅亡前夜のローマ帝国。すべての道はローマに通ずる!いつか来た道?果たして歴史は繰り返すのか!? 

実はそんなことは、もうどうでもよい。形が変わることなく永続するものなど、この世に何ひとつない。国家とて同じ。ましてや個々の人間の死の前では、国家など何の力も持たない。さらにいえば人間の外見的、物質的な華やかさと、人間性すわち倫理・道徳レベルは全く関係ない。ローマ、そしてトルコ各地で訪れた古代ギリシャ・ローマ時代の華やかなりし都市国家の廃墟をいくつも、この足で巡り、改めてそのことを学んだ。

国際的な人とは

COINTELPROレポート トルコ共和国編 その2

July 23, 2012

“It’s a Sony!”

六時半起床。ホテルのプールが清掃中のため、開くまでの時間、裏庭を抜けて丘に登り朝のGöremeを散歩。観光客と夜型トルコ人とで、いつまでもごったがえしていた昨晩の賑わいが噓のように静まり返っている。のどかな朝。かなり遠くを飛んでいる観光用の熱気球から時折、「ゴーッ」とバルーンを加熱させる炎の音が、空気を震わせながら伝わってくるのがわかるほどの静寂。
地元の早起きの老人に、通りすがり会釈すると、同じように会釈を返してくれる。
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正午前、当地に住む、連れの知り合いと合流してCappadocia奇岩めぐり。アジャンタやエローラ、敦煌のように断崖を掘って作った住居や教会跡をいくつも見て廻る。その史跡のひとつ、小高く天に突き出した山のふもとで入場料を払い、中腹に掘られた部屋を見学しながら頂上までの急勾配を一気に登る。辺り一帯を一望できるてっぺんに着くころには、どの観光客も息を切らせ、汗をしたたらせている。乳白色の奇岩が織り成す幻想的な景色が目に飛び込んでくる。山頂を吹き抜ける風と共に疲れも吹き飛ぶ。たしかに他では見られないCappadocia独特の絶景をバックに、知らないもの同士がカメラを交換し、お互いの写真を撮りあう。
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この日は、なぜかスペインからの旅行者が多かった。男女3人組の気のいいスペイン人グループと冗談を言いながら、カメラを交換し一緒に記念撮影したときのこと。その男性から手渡されたデジタルカメラは、どこか調子が悪いらしく意味もなく「ジー」という耳障りな音をたてつづけていた。「あ、気にしないで。写真撮るのには問題ないから」と説明したあと彼は「Sorry, this is a Spanish camera.」と言って笑わせた。なお、アメリカ人はこういう自虐的なギャグは、まず言わない。万一言われても、うっかり笑うと、どこかで集団ストーカー犯罪者が聞いていて、後で嫌がらせされそうな、そんなヤクザ的な嫌らしさがあるから下手に笑えない(笑)。

 勿論、このスペイン人男性の場合は、陽気な冗談のつもりで言ったのだろうが、よく見るとそのカメラ、Sony製ではないか。そこで「But it’s a Sony!」とこちらが笑うと、彼は無責任にも前言を翻し、こちらが日本人なのをふまえて「Oh,yeah!? What happened to Sony?」と、おどけて笑う。私はソニーの技術者ではないから、そんなこと知らん。「苦情はSonyに言ってくれ」と返した。


話は飛ぶが、ソニーといえば10年ちょっと前、盛田氏が「アメリカ人は国際性がない」とのたまって、在米日本人の間でも「へえ大胆なこと言うなあ」とか「さすが世界のソニーだから言えることだよな」と反響を呼んだ。

しかしこの20年、アメリカ人は思考解読機器(ソニーも開発競争に関わっている)から、拷問・暗殺機器まで、変態的ともいえる兵器の開発とその同意なき人体実験に狂奔。その結果、物的証拠を取られにくい手口で人の生活や人格を破壊したり、マインドコントロールしたり、殺害したりする様々な道具をGPSと組み合わせ非合法に濫用し、人間の自由と尊厳を完全に剥奪する完全犯罪システムを構築し日本にも輸出した。このアメリカ人による国家犯罪、ネオ「コインテルプロ」とネオ「MKウルトラ」、すなわち俗に言う集団ストーカー犯罪が露見した今、盛田氏の言葉の意味がよくわかる。

自分が変わる(成長する)努力を放棄し、他人を変えてやろう(マインドコントロールしてやろう)という、その基本コンセプトが、人間として間違っており、狂っていたことに気付き始めた者もいるにはいるが、アメリカ人はこの点、もっとも自惚れがひどく、「俺達は世界の警察官だ」などとトンデモない勘違いしながら「世界のギャング」みたいなことをやっている愚かさを改められない者が、いまだに多い。だから集団ストーカーという国家犯罪を認め謝罪することもできない。これこそが盛田氏だけでなく現代の世界中の人々をして「アメリカ人は国際性がない」と思わしめている理由ではないか。

私個人は古き良きアメリカのことを直接リアルタイムでは知らないが、古くからのジャーナリストの文献や、アメリカの年配者を観察するにつけ、昔のアメリカ人はもっと寛容で、まともだったように見受けられる。人間の多様さを素直に受け入れる度量も今よりあって、それがアメリカの活力にもつながっていたのではないかと思われる。

それが、集団ストーカー犯罪によって煽られた恐怖心をテコに、他人を思い通りに従わせる味をしめた連中が跋扈し始めた頃から、アメリカ人の傲慢さに拍車がかかり、引き返せないところまで人間が腐敗し健全さを失ったように見うけられる。代りに秘密警察が支配するファシズムが台頭し、国全体が中国や北朝鮮のようにカルト化。もはや健全な活力を失って久しい。

あとは転がりおちる石のように、集団ストーカーによって、批判者を黙らせるヤケクソな行為が横行し、ますます社会を弱らせ、さらに弱体化した社会が虚勢を張りつづけるために、ますます集団ストーカー行為に依存するという悪循環が繰り返されるようになったのが現在のアメリカのようだ。

このvicious circleから抜け出す手立てのひとつとして、まだアメリカほどコインテルプロに毒されていない国に出かけ、現地の人々の間に飛び込んでみるのもいいだろうというのは既に述べた。きっと己のおかれた環境が少しは客観的に見えることだろう。この度、同じ多民族国家でありながら、中国やアメリカほど病んではいない国、トルコを旅して、そう実感したのも先述したとおり。

ついでに思い当たったことだが、そういえば知り合いのアメリカ人のなかでも、懐が広いというか、ああ、この人は人格が練られているなと思わせる人には、これまで海外のいろいろな国に旅行や滞在した経験が豊富で謙虚な方が多い。(ただしその逆は必ずしも真ではないが)

トルコ旅行から戻り、友人にお土産を渡すため、昼食を一緒に食べに行ったときにも、こんな会話をした。
「でもやっぱり英語が通じない国に行くのは不安だな」と友人。
「え、なんで?(アメリカ人の)悪口言われても、わからないから?」と、からかう私。
すると「ううん、別に。そういうのって当ってること多いし」と健気な彼女。
この友人も毎年のように、しょっちゅう海外に出かける旅行好き。しかし、彼女を「国際的」にしているのは、それだけではないだろう。この会話のような謙虚さが、国籍は違っても相手に安心感を与え、自然に色々な国の人と友情を育むのを可能にしている。それが国際性ある人柄につながっているのではないか。

「英語(外国語)ができることが国際人になる条件ではない。」
日本でも既に言い古された言葉だが、その正しさを彼女もまた教えてくれた。国や時代がどれほど変わろうとも、人間本来の美徳というものは、それほど違うものではない。その共通した美徳が解ること、それが解る者同士がお互いに対等な人間として敬意を持てること、それが「国際的な人づきあい」ではないかと思う。

トルコとシナ人&アメリカ人「3点観測」

【COINTELPROすとーかーレポート】~トルコ共和国編 その1

この度、大学の夏休みを利用し、イタリアのローマ経由でトルコ共和国を旅行してきました。
この両国でも集団ストーカー犯罪が観察されましたが、これについてのレポートを抜粋して掲載します。

July 21, 2012

早朝Ankaraを発ち、TarsusからAdanaを経由してAntakyaへ。レンタしたルノー車で日没前に街に入る。信号待ちで青に変わって車を発進させるのが一秒でも遅れると、後ろからクラクションを鳴らされるのはトルコの大都市ではどこも同じだが、なかでもこの街Antakyaは安全速度で走っていると、追い越し車線の左側ではなく、歩行者のいる右側から追い越していくのがいるほど運転マナーが荒く辟易した。

街の中心を流れるAsi川を挟んで、ロータリーになっている広場とは反対側の賑やかな路地に入り車を止め、川縁のトルコ料理のファーストフード店に入る。2階の窓際テーブル席に陣取ってiskenderを頬張りayranで胃袋に流し込みながら、階下の雑踏を眺める。背丈も顔立ちも実に多様な人々が入り混じり、仲よさそうに談笑しながら、もうすぐ一日のラマダンが終わろうとしている夕刻の市街を行き交う。トルコ系、ペルシア系、ヨーロッパ系にアラブ系の顔立ち、そしてイスラム、ユダヤ、キリスト教の建物・・いちいち分類しようとするのも馬鹿らしく思われるほど色とりどりの民族や宗教が共存している。

他民族社会といえばアメリカもそのひとつではある。だが、人種ごとに棲み分けがあり、それも同じアジア人同士でさえ例えばシナ系と韓国系とフィリピン系とが一緒に、つるんで歩くことはほとんどなく、細かく分裂しているのがアメリカ。各民族グループ間でお互いを排斥しあうかのような「同調圧力」が働いているこの点が、同じ多民族国といっても、民族交流の歴史が桁違いに長いトルコと異なっている。

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July 22, 2012

ホテルで朝食をすませ、日曜、朝のAntakyaを散策。昨晩、街の中心の広場に仮設されたステージでイベントがあり、民族衣装に身を包んだ奏者による伝統音楽が披露され、深夜まで大変な人だかりだったのとは、うってかわって人影はまばら。午前8時すぎ、広場から北へ伸びるAtatürk cad通りの坂を登る。すると周囲の人々が振り向くほど大きな音で車のタイヤを2度鳴らし、歩道に横付けした若いチンピラ風の集団ストーカーが現れた。その得意そうに笑みを浮かべた表情は、アタマの悪そうなアメリカのギャングストーカーにそっくりだった。

細い路地を数度左折しAdnan Menderes Cad通りにぶつかったところで、今度は気の弱そうなオッサンが、車を止めて待伏せていた。いかにもマインドコントロールされてやってます、といったような、こわばった顔つきで、私の姿を確認すると同時にエンジンを始動させ走り去る。これもFBIに騙され防犯活動の一環だと妄想しながらコインテルプロに協力している夥しい数のアメリカのオッサン、オバ犯の仕草と瓜二つだ。

ゆるやかな坂道を下り再び広場へ出、川沿いを歩いてみようとしたところで博物館を見つけ中に入る。きれいな女性の館内係員からトルコ語で話しかけられる。”Sorry, I don’t speak Turkish.”と応えると「なんだトルコ人じゃなかったのね」といったふうな照れ笑いをしながら、こんどは英語で「写真は撮ってもかまいませんがフラッシュの使用はご遠慮ください」と説明された。実はこんなふうに旅行中ずっと、あちこちでトルコ人に間違えられた。私のような、ただの日本人のオッサンでもトルコ人と間違われるほど民族的に多様な顔だちがいる国ということだろう。

たまたま寄ったこのHatay Archaeology Museumは期せずして見応えあり、その展示物は千数百年の時を超え、見るものを圧倒させる。なかでもモザイク壁画は圧巻。色彩や明暗の精巧さに息を呑む。作年を見ると、日本ではまだ両耳の横に鉄アーレをあてたような髪型した弥生人が稲作に専念してたころに創られたというのだから、たまげる。当時の人はもっと、たまげたろう。

そこには日本の絵画にみられる花鳥風月と同じく、動物、植物の姿があり、イルカやライオン、ウツボやカツオまでが人間と対等に活き活きと描き込まれていた。「人間だけが天国へ行ける上等な創造物」と考える後世に出現したキリスト教とは明らかに一線を画したヘレニズム文化の傑作の数々を堪能し博物館を出た。
そのとたん、入り口前に何かの営業車で待伏せていた若い二人組みの男が、やはりこちらの姿を認めるやいなやエンジンをかけ、かまってもらおうとする。仕方ないので視線を向けてやると、なんとも嬉しそうなハシャギ顔をして走り去った。アタマのイカレタ、アメリカの集団ストーカーのお友達がここにも沸いていた。

たしかにAntakyaの集団ストーカーは、1持間内に3回も、しかもこちらが一人でいるときを狙い集団ストーキングを見せ付けてくるという、中国やアメリカの変態たちと全く同じ卑劣さではあったが、これには、Antakyaがシリア国境に近い街という特殊な事情もあるようだ。ここがトルコ領になったのはなんと1939年からのことで、歴史的にはアラブの影響も強く、また同じイスラム教徒内でも同地のスンナ派とアラウィ派で敵対していたりと、何かと対立要素を抱えている。

無知な大衆を集団ストーカー犯罪に協力させる口実のひとつとして「対テロ、防犯のため」だと騙す手口がある。つまりマッチポンプ式にテロや通り魔事件を起こし、恐怖心を煽っておいて、「さあ“外敵”から“おらが村”を守ろう」という原始的な心情に訴える手口なわけだが、これには共同体内に異民族集団を多く内包しているほど都合がよいわけだ。

其の実、当地に長く住む、ある事情通の方からこの度、直接お話しをうかがう機会を得たのだが、やはりキリスト教宣教師がCIAの活動と関わっていることが発覚した事例が結構あるとのこと。これには2タイプあってCIA工作員が宣教師に化けて潜入したケースと、もともと純粋に宣教師として当地に派遣された後、CIA工作員が接触し、感化されて工作員となったケースの2種類あるそうだ。いずれにせよ、アメリカという国家が絡むと、どうせロクなことしないのは想像に難くない。こうなると、とばっちりを喰らって馬鹿を見るのは、純粋に布教だけを行なっている真面目な宣教師たちだ。現に、この方の知り合いの宣教師のなかには、現地のイスラム過激派に殺害された者もいることを語ってくれた。これだって実は裏でCIAが手を引いていたなんてことがあっても何ら不思議はない。既に露見した世界各地での彼らの前科を見ても、それくらい卑劣なことやるのが窺い知れる。  
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(このテレビ番組には元FBI工作員が出演。ロサンゼルス地域で集団ストーカーを指揮していたことや、FBIがトルコにも集団ストーカーの手口を広めていたことを証言している。)


しかし逆に言えばトルコの各市を10日以上旅行して、このAntakya以外では、特筆すべき集団ストーカー危害はほとんどなかった。むしろトルコ人全般についていえば、控えめで親切、割合に正直で誠実な国民という印象を強く受けた。なにかと押し付けがましく傲慢な者が多いシナ人やアメリカ人とは対照的だ。これには、やはり集団ストーカー犯罪の蔓延の度合いと相関がありそうだ。他人のプライバシーをノゾキ見しだすと、自分が急に他人より偉くなったような妄想にとりつかれ、性格も傲慢になるのだろう。

国家間で比較を行なう際、忘れてならないのは「3点観測」の重要さ。権力犯罪者とその手下の大衆が他人のプライバシーを窃盗するのが常に当り前の中国からシナ人が、アメリカに移住しても、現在のアメリカもまた旧共産圏の東ドイツ並みに秘密警察が支配する監視国家、いわゆる集団ストーカー天国に落ちぶれているわけだから、シナ人が中国とアメリカの両社会を比較したところで、「なんだ、どこの国も同じじゃないか」としか思えないだろう。しかし「世界で最も邪悪な国は?」という国際的なアンケート調査で、この2国はなんと堂々のトップに仲良く君臨する悪名高いお国なのだ。(世の中、見てる人はちゃんと見てるんだなあ)

そんな集団ストーカー蔓延る国がいかに異常かは、この2国以外の国を観察することで初めてよくわかる。
かわいい子には旅をさせよ、といわれるが、倫理なきコインテルプロ犯罪集団に国が毒され、正直者が馬鹿を見る社会になりさがり、経済発展も停滞したこの不景気なときこそ、目を大きく見開いて異なる世界に飛び込んでみるべきではないかと思った


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yenu

Author:yenu
The Writer of 『拝啓 ギャングストーカー犯罪者の皆様』(Dear COINTELPRO Criminals) and <集団ストーカーの死> The Death of Gangstalker; also Co-Editor of 「新しいタイプの人権侵害・暴力」 Unprecedented Human Rights Violation

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